
あの朝の、冷たいフローリング
「明日こそ5時に起きて人生を変える」
そう決意してスマホのアラームをセットした夜を、私は何度も過ごしてきた。SNSには「#朝活」「#5amClub」のハッシュタグが輝いていて、キラキラした誰かの朝食の写真が流れてくる。白いリネンのテーブルクロス。湯気の立つコーヒー。窓から差し込む朝日。
私にもできるはずだ、と思った。
翌朝。目覚ましが鳴る。冬の朝、布団から出した足がフローリングに触れた瞬間の、あの冷たさ。私は目覚まし時計を止めるために歩いて起き上がり、そして歩いてベッドに戻り、二度寝した。
恐ろしいほどの、二度寝への執念だった。
「歩いて止めれば起きられる」という嘘
ネットや自己啓発の動画には、もっともらしいアドバイスが溢れている。
「目覚ましを遠くに置けば、起き上がって止めるから二度寝しない」
試した。無意味だった。人は歩いて目覚ましを止め、歩いてベッドに向かうことができる。半分眠ったまま。
「朝起きたらすぐに光を浴びれば、脳が覚醒して二度寝しない」
試した。電気をつけるより、寝たい気持ちの方が強かった。圧倒的に。
改良版も試した。目覚まし時計をダイヤル式の南京錠がかかったケースに入れたのだ。電気をつけないとダイヤルが見えない。ダイヤルを回さないと箱が開かない。箱を開けないとアラームが止まらない。我ながら、よく考えたと思う。
結果。電気をつけ、ダイヤルを回し、箱を開け、アラームを止め、そして二度寝した。
そこまでしても早起きができない自分を見て、私はようやく気づいた。
無理にする必要は、ないのではないか。
「早起きは三文の徳」は本当か?
東京医科大学の研究グループが、約1万人を対象に興味深い調査を行っている。
結果は意外なものだった。1時間の早起きは、むしろ生産性を0.14〜0.26%低下させるという。金額に換算すると、年間8,000〜13,500円ほどの損失になる計算だ。
「早起きは三文の徳」どころか、「早起きは三文の損」——研究者たちはそう表現している。
もちろん、これはすべての人に当てはまるわけではない。問題は「誰にとっても早起きが得」という盲目的な信仰にある。
人には「クロノタイプ」と呼ばれる体内時計のタイプがある。朝から調子が出る朝型の人。夜にパフォーマンスが上がる夜型の人。そして、その中間。若い人ほど夜型に傾きやすいことも、研究で明らかになっている。
つまり「若いのに朝起きられない」のは、意志が弱いからではない。生物学的に、自然なことなのだ。
海外でも批判が集まる「5amクラブ」
「5時起き」を成功の必須条件のように語る風潮は、欧米でも批判を集めている。
あるビジネスコーチはこう指摘する。5時起きは一部の人には有効でも、夜型の人や子育て中の人には「燃え尽き(バーンアウト)」の原因になりうる、と。
SNSで誰かのキラキラした朝活を見て、自分を責める必要はない。彼らはたまたま朝型で、たまたまその生活が合っていただけかもしれない。あるいは、本当は眠いのに無理をしているだけかもしれない。
私は、なぜ起きられなかったのか
振り返ってみると、私には早起きする理由がなかった。
意識高く勉強や副業をやるつもりで目覚ましをセットしていたけれど、どれも本当にやりたいものではなかった。正直に言えば、別にやりたくない。面倒だし。
「やりたくないこと」のために「やりたくないこと」をする。これはうまくいくはずがない。
結局のところ、人を動かすのは欲望なのだと思う。なんとなく仕事に使えそうな資格。賢そうに見える本。そういう「なんとなく」では、冬の朝の冷たいフローリングには勝てない。
「モテたい」とか「痩せたい」とか、もっと原始的で切実な理由の方が、人を布団から引きずり出す力を持っている。
挫折の壁は「1〜2ヶ月目」にやってくる
2025年の調査によると、朝活の満足度には面白いパターンがある。
始めて1週間は高揚感がある。「大きく向上した」と感じる人が23.9%。しかし1〜2ヶ月経つと、満足度は一度ぐっと下がる。そして4ヶ月以降、再び上昇に転じる。
U字型のカーブ。
今、朝活が辛いと感じているなら、それは「中だるみ期」にいるだけかもしれない。悪いニュースのようで、実は希望の持てるデータだ。その時期を越えれば、楽になる。
ただし、無理をして越えようとする必要はない。
「何時に起きるか」より大切なこと
睡眠の専門家たちが口を揃えて言うのは、「何時に起きるか」よりも「どれだけ眠るか」「いつ寝るか」の方がはるかに重要だということ。
筑波大学の柳沢正史氏は、「90分サイクルで起きるとスッキリする」というのは都市伝説だと指摘している。
早起きしようとして睡眠時間を削るのは、本末転倒だ。
起きる時間を変えるのではなく、まず寝る時間を30分だけ早めてみる。それだけで十分。夜型なら無理に朝活にこだわらず、夜のゴールデンタイムを活用する。それも立派な「自分時間」の作り方だ。
朝活の新しいかたち
2025年の生活時間調査では、「家族との時間」に使う時間が増加傾向にある。
朝活というと、一人で黙々と勉強したり運動したりするイメージがある。でも、パートナーとゆっくりコーヒーを飲む朝。子どもと近所を散歩する朝。それも立派な朝活だ。
実際、朝活で感じるメリットの第1位は「自分が自由に使える時間を持てる」こと。勉強でも運動でもなく、「自由」であることそのものに価値がある。
早く起きて、窓を開けて、冷たい空気を吸う。それだけでいい朝もある。
無理やり起きても、ストレス。起きられなくても、ストレス。
早起きすると決めて二度寝してしまうと、覚醒した分の睡眠時間が無駄になる。中途半端に起きて、中途半端に寝て、結局どちらも満たされない。
だったら最初から、自分に正直でいた方がいい。
「明日は7時に起きる」と決めて、7時に起きる。それで十分。5時じゃなくていい。誰かの成功法則に合わせる必要もない。
大切なのは、自分のクロノタイプを知り、自分のリズムを尊重すること。「何時に起きるか」ではなく、「自分に合っているか」。
あなたの本来のリズムを知る方法
明日の朝、試しに目覚ましをかけずに眠ってみてほしい。
自然に目が覚めた時間。それがあなたの体が求めているリズムだ。
そこから少しずつ、調整していけばいい。30分だけ早く寝てみる。週末にリズムを崩しすぎない。小さな工夫を、無理のない範囲で。
半年以上朝活を続けている人は、「生活リズムが整う」「健康状態が改善する」という実感が、始めたばかりの人より8ポイント以上高いという。継続は力になる。でも、その継続は「無理をして耐える」ことではなく、「心地よさを見つける」ことから始まる。
おわりに
私はもう、5時に起きようとは思わない。
SNSのキラキラした朝活も、誰かの成功法則も、私のものではないから。冬の朝のフローリングの冷たさを思い出すと、今でも少し笑ってしまう。あの頃の私は、なんとなく「正しいこと」をしようとしていただけだった。
今は、自分のリズムで起きる。起きたい時間に起きて、眠りたい時間に眠る。それだけで、朝が少し好きになった。
あなたの「心地よいリズム」は、きっとあなたにしか分からない。誰かの正解ではなく、あなただけの朝を見つけてほしい。
窓の外では、空が少しずつ白んでいく。 急ぐ必要はない。 その光は、あなたが目を覚ますまで、ちゃんと待っていてくれるから。
参考文献:東京医科大学 睡眠健康研究ユニット研究データ、2025年朝活に関する調査(有効回答976人)、筑波大学 柳沢正史氏インタビューほか



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